『上地雄輔ひまわり物語』その2
上地雄輔くんのブログを読んで号泣。
なんなんだろう。
どうしたんだろう。
わからないけど、ぐっときちゃって・・・。
涙が止まらなくなって・・・。
ドラマ観た後といっしょだ。
やっぱり彼はあったかい。
辛い時は『空見て深呼吸』するよ。
きっとそのたびに、私はあなたの笑顔を思い出す。
本当に・・・
大切なことを思い出させてくれて
ありがとう!
ここのところ、ちょっとくじけていたけれど
この世はまだまだ捨てたもんじゃない。
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上地雄輔くんのブログを読んで号泣。
なんなんだろう。
どうしたんだろう。
わからないけど、ぐっときちゃって・・・。
涙が止まらなくなって・・・。
ドラマ観た後といっしょだ。
やっぱり彼はあったかい。
辛い時は『空見て深呼吸』するよ。
きっとそのたびに、私はあなたの笑顔を思い出す。
本当に・・・
大切なことを思い出させてくれて
ありがとう!
ここのところ、ちょっとくじけていたけれど
この世はまだまだ捨てたもんじゃない。
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私は、キリスト教信者ではありません。
でも、この聖フランチェスコの祈りが大好きです。
イスラエル軍がガザに侵攻しました。
どうか憎しみのあるところに愛を送りませんか。
なぜこんなことが!とか、どうしてこんなことが出来るのか!とか考えるのではなく
まず自らの心を静めて安らぎの中に身を置き
愛を送ってみませんか?
・・・・・
聖フランチェスコの祈り
私をあなたの平和の道具としてください
憎しみのあるところには愛を
諍いのあるところには許しを
分裂のあるところには一致を
疑いのあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びを
もたらす者としてください
慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを
私が求めますように
私たちは与えるから受け
許すから許され
自分を捨てて死に
永遠の命を頂くのですから
Prayer of St. Francis
Lord,make me an instrument of thy peace.
Where there is hatred,let me sow love;
Where there is injury,Padon;
Where there is doubt,faith;
Where there is despair,hope;
Where there is darkness,light;
And where there is sadness,joy,
O,Divine Master,grant that l may not so much
Seek to be consoled as to console;
To be understood as to understand;
To be loved as to love;
For it is in living that we receive.
lt is in pardoning that we are pardoned,
And it in dying that we are born to eternal life.
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ミスチルの歌を聴きながらふと思った。
・・・
混沌としたこの地球という惑星に生まれ
何が真実なのか見失いそうになることもあるけれど
最後まで生きていくしかないのだから
どうせだったら この地球をどこまで愛せるか
この地球をどこまで楽しめるか
それが、この星での最大のチャレンジかもしれない、と。
いつか戦火のやむ日が来ることを信じながら。
いつか全ての人の笑顔が輝く日が来ることを信じながら。
・・・
地球だから出来る体験ってあると思うんだよね。
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昨日、TVで流れていたアメイジング・グレイスを聴きながら、夫が一言。
「この曲を聴くと、なんかこうゾクゾクするんだよな」
・・・
ん?珍しいね。 貴方がそういうことを言うのは・・・。
・・・
あなたの奥にあるキリスト意識が反応するのかもしれないね。
キリスト教の信者であるとかないとかそういうこととは関係なく
奥深いところにある何かが共鳴するのかもしれないね。
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そうでした。
12月8日、何かあったような気がしてならなかったのです。
ジョン・レノンの命日でした。
こんな大事なことをうっかり忘れてしまうとは・・・。
なんということでしょう・・・。トホホ
今年も <Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ> が開催され、
ヨーコさん、そしてたくさんのアーティスト達が出演していました。
<Dream Power ジョン・レノン スーパー・ライヴ>は
アジア・アフリカの子供たちに学校を贈り続けているチャリティ・コンサートです。
ジョンはきっと、目を細めて、その様子を見ていたのではないかなあ。
ん?一緒にステージで歌い踊っていたかもね。きっとそう。
そんな気がする。
いつか、このようなライブが必要なくなる時代が来ることを、
世界中の子供達が安心して笑顔で暮らせる時代が来ることを
私は心底から信じています。
12月8日は
宣戦布告の日であり
お釈迦様が悟りを開いた日といわれ
そしてジョンがこの世を去った日です。
バラバラな出来事のようでいて、実は全て繋がっているように感じます。
そして時代は平和への道を歩いている。
一人一人がその担い手として歩いている。
いつも心に『LOVE&PEACE』
いつも静かに笑っている
そういう人で私は在ろう。
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先ほど書いた日記で
今日は、日本が米英軍に宣戦布告した日であり
平和に思いを馳せる日だと書きました。
そして、もう一つ。
12月8日といえば、
お釈迦様が悟りを開いた日であると言われているのですね。
今宵は
心静かに
自分の内にも在るであろうお釈迦様の意識に目を向けてみようと思います。
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日々車を運転していると、殺気立って運転している人がとても多いように感じる。
(もちろん皆というわけではなく)
・・・
そんなに先を急ぐ理由は何ですか?
・・・
車を運転している私たち大人が
「お先にどうぞ」
「どうぞお入り下さい」
「焦らずにね、大丈夫ですよ」
そんなちょっとした優しさや心のゆとりを持って運転したならば
そんなふうに誰とでも接したならば
そんな大人達の在り方や姿を見て
子供達はあっと言う間に変わるのではないでしょうか。
だって子供達はもともととっても優しいんだもの。
とっても純粋で繊細で優しい気持ちを持って、この地球に生まれてきたんだもの。
私はそんなふうに思うのです。
・・・
お先にどうぞ。
そんなちょっとしたことで、すごく変わるのではないでしょうか。
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宮沢賢治さんの『雨にも負けず』
ご存知の方も多いと思いますが、この詩は、宮沢賢治さん没後に発見されたそうです。
以下原文のまま
「雨ニモマケズ」
雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル
一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ
東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ
以前私は、でくの坊と呼ばれるのは嫌だなと思っていました。
・・・
でも 今
こういう人でありたい
私は心からそう思うのです
読み返せば返すほどに
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地球上では
日々いろいろな出来事が起こり
先行きの暗さを悲観するような発言ばかりが目につき
ニュースをみるたびに
「ああ、またこんなことが・・・」 と、心が揺れる。
一体 この星は
誰がどのような意図で創ったのか
それともたまたま偶然に私達はここに存在しているのか。
それともこの「自分」と思っているものも、幻なのか。
私は誰で何処から来て何処へ行こうとしているのか。
頭で考えたところで、答えなどわかるはずもない。
本を読んでわかったつもりになったところで、それが事実かどうかわからない。
無理やり納得させたところで、必ずまた新たな疑問が湧く。
矛盾だらけのこの地球。
それでも私はこの地球がすき。
青く美しいこの惑星を愛おしく思う。
そしてめちゃめちゃ未熟で至らないところのあるこの自分がすき。
ただただ 誠実に生きていくことにしよう。
今 私の目の前にあることに丁寧に取り組む。
それだけでいい。
気忙しい日々の暮らしの中で
その気忙しさに流されて生きるのではなく
私の本来のテンポで、ゆっくりと歩き、丁寧に一つ一つのことに取り組もう。
誰かがそんな私を笑っても、気にしない気にしない。
お先にどうぞ。
こうしている今
道路で遊ぶ近所の子供達の笑い声が聞こえ
部屋の時計の音が聞こえ
階下からは、家族の話し声が聞こえ
窓からは太陽の光が差し込んでいる。
そして私はこうしてキーボードをたたいている。
住むところも食べるものもあって、ありがたいな。
日々の暗いニュースに翻弄されることなく
事実は事実として受け止め
未来は明るいとどこまでも信じて、誠実に今に取り組もう。
この平和で穏やかな日常。
なんと愛しきことか。
おっと、洗濯機がとまったようです。
さあ、洗濯物を干しましょう。
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嘘偽り無く自分を生き抜く。
地上に生まれてきた以上、最後まで生き抜くしかない。
混沌としてはいるが、この上なく美しいこの地球という星で。
最後の時に向かって。
ただひたすらに歩いていく。
出会う人々や起こる出来事の中で、自分を知りながら、歩みを進める。
時には道に迷いながら、転びながら、それでも歩き続ける。生き続ける。
道なき道を・・・。
生きること、それが私に与えられた使命。
一つだけ、もしこの世に生まれる時に、決めてきたことがあるとするならば
それは、自分に嘘偽り無く生きていくことだろう。
地位も肩書きも名誉もいらない。
そんなものは重いだけだ。
自分をごまかしたり欺いたりせずに、嘘偽り無く生きていく。
自分で選んだ道を。
正々堂々と。
そんな私を、人は不器用というかもしれない。
時には、もっと楽な近道があるよとささやくかもしれない。
その時こそ、自分の心の眼を見開いて、自らに問うてみる。
自分はどうしたいのか、どう生きたいのか、どう在りたいのか。
周囲の人々の言葉に流されることなく、自分が信じた道を歩き続ける。
他の誰でもない自分の道を歩く。
ひょうひょうと。
その時始めて、私は私を信じられるのだから。
最後まで生き抜く。
自分の良心に従って。
ただそれだけでいい。
誰もみていなくても、空がみている。 自分が見ている。
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「弱きを助け、強きをくじく」
私が子供の頃、幾度となく聞いた言葉です。
強きをくじくことがいいとも現在の私は思っていない。が
「弱い者を助け、かかっていくなら自分より強いものにかかっていけ!」というあの精神はどこへ行ってしまったのだろう。
あの頃 弱いものイジメをすることは、とてもみっともないことだった。
格好悪く最低のことだった。
そして誰かしら助け舟を出す人の存在があった。
そんな言葉も時代とともに聞かれなくなってしまい、
昨今は、弱い者(一人)を寄ってたかって平気でイジメたりする始末だ。
相撲のかわいがり。
そして今回の海上自衛隊のしごき。
なんでもこのしごきは「養成課程を離れるはなむけ」として行われていたらしい。
「集団暴行ではない」と言っているようだが、その感覚自体が狂っていると、私は思う。
1対15の格闘訓練などというのは、普通に考えてありえないだろう。
学校側は、ご遺族に「はなむけの意味もあった」などと伝えたらしいが、
その感覚自体が既に狂っているのではないかと感じるのは、私だけだろうか。
子供を亡くされたご両親は、その「はなむけ」という言葉をどう受け止めればいいのだ。
なんて無神経な言葉遣いだろう。
そこには謝罪も思いやりも感じられない。
閉鎖的な縦社会、上官には絶対服従の世界で、感覚が麻痺してしまったのだろうか。
一人を集団でしごく。
それを見ている上官や、他の隊員がストップをかけることは無い。
彼らに良心はないのだろうか。
これ以上やるとどうなるかという想像力はないのだろうか。
あまりに無知なのではないだろうか。
これはまさしく集団暴行だと言えるだろう。
氷山の一角なのか。
命より大切なものなど、どこにあるのだ。
自分の命も、他人の命も、たった一つの命であり、とても尊いものなのだ。
なぜそんな簡単なことさえわからないのだろう。
友を一人守ることが出来ずして、自国を守ることなど出来るのだろうか。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
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人生は 自分を知る旅だと思っています。
決して他の誰かを変える旅ではありません。
自分を知り
自分を癒し
身も心も軽くなっていく
自分が変化していくにつれ
自然と周りも変わっていくようです。
自分の内面との取り組み(内観)が、とても重要だと感じます。
なんせこの人生で一番つきあいが長いのは、自分ですもの、ね。
これまでも、これからも。
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秋色に彩られた山々を見にいきました。
秋の彩りに、心洗わるひとときを過ごしました。
この美しさをなんと表現したらよいのでしょう。
ただあるがままで美しく、自らもただそこにあるだけで癒される。
自然の彩の美しさには到底かないません。
私達人間も、本来はそんな自然の一部であったはず。
一瞬の秋です。
よき秋をお過ごしください。
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この世で生きていくうえで、目には見えないけれど一番大切なもの
あなたは 何だと思いますか?
私ね、ずっとそれを探してきたんです。子供の頃からずぅ~っと。
時には星の王子様などの書物を読んで「やはり大切なことは目に見えないんだ!」と確信を少しずつ少しずつ深めながら。
亀の歩みでした。迷路にはまってばかり。笑
最後には、スピリチュアルという名の迷路にはまりました。
そして、抜けました。
考えてみると、幼い頃からもともと 人間は死んで終わりとは思っていなかったですから
いまさらそれを学ぶ必要もなく、思い出しさえすればよいことだったのです。
私は、全てのしがらみを抜けました。
そして自問自答する日々は続きました。
それと平行して、ある時から
「本当の優しさって何だろう」と、考えるようになりました。
それからもいろいろな体験が続きました。
そして、最近です。
もうお手上げかと思ったまさにその時に
ある体験を通じて、たくさんのたくさんの人に助けられる体験をして
はっ!としました。
これだったんだ・・・と思いました。
何だと思いますか?
優しさです。 そして強さ。
優しさを持ち続ける強さです。
(ここで言う優しさとは、甘さではないですよ。 甘さは、人をダメにしまうこともあります。)
優しさです。
私が一番大切にしたいもの。
そして
優しい人がすき。
優しいっていいよね。ほっとする。
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地球はこれからどうなっていくのだろう
世界は、日本は、これからどうなっていくのだろう
天変地異は
戦争は
食料危機は来るのだろうか
いろいろな不安が首をもたげる昨今ではありますが
「何が起こっても大丈夫」と、最近は感じるようになりました。
どんな嵐が来ても、きっと乗り越えていけるはず と。
不屈の精神で。
私は、そう信じています。
だからと言って、呑気に構えるのではなくて
問題を見ない振りするのでもなくて
目の前の事実を直視し
おかしいと感じることにはおかしいと、声をあげ続けたい。
ただし
誰かがどんなに混乱へと扇動しようとも
周囲が混沌としようとも
どんな時でも自分の心に平和を見出す努力をしたい。
そして、平安の中にい続けよう。
この正念場をともに乗り越えていく
そんな仲間がこの地球上にはたくさんいるのだから。
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「これから貧富の二極化が進む」と言う人がいるけれど
果たしてそうだろうか。
経済的な貧富の二極化よりも
心・内面・精神性が二極化していくのではないだろうか、と
私は そう感じる。
・・・
資本主義による経済成長は、いつか必ず頭打ちになる。
一つの企業が、もっともっとと常に業績を伸ばし続けることなど、不可能だと思う。
もうすでに行き着くところまで行き着いているように感じる。
でも、精神性・霊性(今はやりのスピリチュアルではありませんよ)の成長の旅には、終わりはない。
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早朝散歩をしていたら
あまりにも田んぼが美しくて
時を忘れて見とれてしまいました。
実るほど頭を垂れる稲穂かな
日本には素晴らしい諺がありますね。
もうじき稲刈りの季節を迎えます。
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日本にとっては終戦記念日です。
でも悲しいことに、今も地球上で戦火が止むことはありません。
今この瞬間も・・・。
どうしたら世界は平和になるのでしょうか。
・・・
戦争があることで利益を得ている企業はどこなのでしょうか。
その企業と深く関わりを持っている政治家は誰でしょうか。
そういう企業や政治家が、政治や経済を動かす実権を握っているように感じてなりません。
私が感じていることは、見当違いなのでしょうか。
・・・
心の底から、地球の平和を祈るとともに
先の戦争で命を落とされたかたがたの思いを無駄にすることなく、生きていこうと思います。
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私の父の兄(長男)は、ガダルカナル島で戦死しました。
夫の父の兄(長男)は、アリューシャン列島で戦死しました。
・・・
TV番組などで戦地の映像などを見ると、「叔父は、あのように亡くなっていったのだろうか。さぞ恐ろしい思いをしたのだろうなあ・・・」と、胸の辺りがなんとも言えず辛い気持ちになります。
どれだけお腹がすいていたでしょう。のどが渇いていたでしょう。
どれだけ怖かったでしょうか。心細かったでしょうか。
辛かったでしょうか。
どれだけ家族が恋しかったでしょうか。家族の元へ帰りたかったでしょうか。
それでも戦地から送られてくる葉書には、家族を案ずる文章しか書いてありませんでした。
・・・
その心中は察するにあまりあるものがあります。
そして愛するわが子を戦争で失った母親は、どれだけ辛かったことでしょう。
戦争で亡くなった方達が・・・今、私達に伝えたいことがあるとしたら、どんなことでしょうか。
会うことのなかった叔父へ。
本当に、お疲れさまでした。
私達は2度と過ちは繰り返しません。
・・・
いまだ地球上のどこかで、戦争は続いています。
尊い命が奪われています。
他国といまだ戦争を行っている国の代表の方へ
「貴方は家族を戦場に送ることが出来ますか?」
・・・
私は
家族とともにこうして安心して暮らせる喜びを、忘れないようにしたいです。
失ってから気付くのではなく。
・・・
世界の平和を祈ります。
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63年前の8月6日、広島に原子爆弾が落とされました。
そして63年前の8月9日 長崎に原子爆弾が落とされました。
私は、4歳から18歳までを広島で過ごしました。
小学校の頃、この時期が近づくと毎年、道徳の時間は戦争や原爆の話など平和教育にあてられました。
そのせいなのかどうか、それはわかりませんが
私の中には、『地球が平和な星になるにはどうしたらよいのだろうか』という思いがとても強くあります。
あれから63年も経つのに、いまだに地球上から戦争が無くならないのです。
不思議です。
皆でいっせいに「戦争はもう止めましょう!」と言えばよいことなのに、人間はなぜそんなことさえも出来ないのでしょうか。
戦争は、どれだけ相手を痛めつけたかで勝ち負けが決まるのです。
どれだけたくさん占領し、人を殺戮したかで勝ち負けが決まるのです。
そんな勝負があっていいのでしょうか。
いいわけないんです。
尊い人の命を奪うことが勝利に繋がるものなど、あっていいわけないのです。
昔「アメリカが原爆を落としたから、戦争があれで終わったのだ」と教わりました。
原爆投下を正当化する言葉です。
当時、私はその言葉を信じました。
でも、今は、その言葉は違う!と感じています。
アメリカという国家にに対して恨みつらみを感じているのではないのです。
日本にも非があったと思います。
日本人も海外で殺戮もし、目をそむけたくなるようなひどいこともしたのでしょう。
あの戦争に至る過程に関して教えられたことが真実かどうか、私にはわかりませんし。
ただ、原爆を落としてはいけなかったのです。
どこの国がいい悪いではなく、原爆を落とすということは、やってはいけないことだったのです。
それがどれほどむごいことだったのか・・・。
アメリカという国は、日本で原子爆弾の実験をしたのだろうと思います。
なぜ2ヶ所に落としたか。
ウラン濃縮型とプルトニウム型、両方の原爆の威力を知りたかったのだと思います。
戦争とは、新しい兵器を試す場なのでしょう。
そしてもう一つ、アメリカという国の強さを他国に示したかったのでしょう。
なんて愚かなことなのでしょう。
私はアメリカという国が好きです。
けれども原爆投下という行動に対しては、憤りを感じてなりません。
・・・
日本は唯一の被爆国であり、戦争の悲惨さや家族を失う悲しみ、苦しみを知っている国です。
それを知っている国だからこそ、核の放棄を訴え、地球に真に平和が訪れることを真剣に他国に問うていく立場に立てるのではないでしょうか。
地球が、戦争のない平和な星になることを祈ります。
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後期高齢者医療制度
裁判員制度
デジタル放送化
これかを行う意味、必要性、意図するところは何なのだろう。
私には、これらがこの国をよくするようには思えない。
国にされるがままでいいのだろうか。
国(政治家や官僚)の言うなりになっていていいのだろうか。
私達は本当にこれでいいのだろうか。
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オーストラリアの先住民、アボリジニの言葉。
「地球は未来の子供達からの預かり物」
いい言葉ですね。
本当に、その通りだと思います。
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今朝方、不思議な夢を見た。
1艘の舟に、あちこちの国から次々と神様方が乗り込まれ、日本にやってくる夢を・・・。
「大勢の神々が、こうして最後にたどり着いたのが日本だったのです。」という解説付きでした。
・・・ふむ・・・
なしてこんな夢を見たのやら。
聖火リレーに加勢しにいらしてくださったのですか?
それともその様子を見物でしょうか?
それにしても不思議な夢でした。
時々ね、このような不思議な夢を見るのです。
ハハハ
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ここのところ政治に関して腹が立つことが多く、なんだか心がすさむなあと思ってた。
そんなことを思いながらふとTVをつけると、1人の男性が「GNH」という言葉について語っている場面だった。
GNH?GNP(国民総生産)なら学校で習ったけど
GNHって何?
・・・
「国にとって大切なのはGNP(国民総生産)よりGNH(国民総幸福量)なんです」
1976年のある国際会議で、わずか16歳で即位し、当時まだ21歳だったジグメ・シンゲ・ワンチュク国王はそう演説しました。
GNP(Gloss National Product)ではなく、GNH(Gloss National Happiness)。
お金やモノより心の豊かさ、伝統的な社会・文化、自然環境などのほうが大切だという意味です。一国のリーダーが、国にとって大切なことは経済成長を続ける発展ではなく、国民自身がそれぞれ「幸せ」だと感じることなのだ、とはっきり宣言したのです。
・・・
そう!私もそう思います!
賛成、賛成、大賛成!賛同します!その考え方に。
その方のお話を聴きながら、心の中のもやもやがすぅーーーっと洗い流されていくのを感じた。
日本は高度経済成長期を経て、物質的には豊かになったかもしれないけれど、それだけでは幸せにはなれないってことがハッキリとわかったんだもの。
多くの人が一番大切なものは何かを見失っている。
要するに心のよりどころを失っていると思うんだ。
特に純粋で繊細で感受性が強くて優しい心を持つ子供達の一部は、自分の居場所がみつけられずに心を病んでいく。そりゃそうだよね。大人たちの愚かな姿ばかり見せられ続けたら、ポジティブな発想なんて失っていくさ。
昨今起きている悲惨な犯罪にしても、その加害者や家族だけの問題ではないんだと思う。もちろんだからと言って、事件を起こしていいとは決して思わないけど。
マネーゲームなんてもうさっさと終わりにして
勝ち組だの負け組だのという発想の愚かさに気付いて
気付いた人から
GNP(Gloss National Product)ではなく、GNH(Gloss National Happiness)という考え方で生きていこう。
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考えてみると、日本でも 人権を無視し弾圧したり迫害したりという歴史はあったよね。
例えば、第二次世界大戦の時、戦争反対を唱える人は、ことごとく軍に捕らえられ、投獄され、拷問を受けたり、虐殺されたりした。
また、アイヌ民族を迫害弾圧し居住地を奪い、アイヌの人達は自分達がアイヌ民族であるを隠し生きてきたという歴史もある。これだってつい最近のことだ。
中国でチベット人やウィグル自治区の人達に対して行われていることと変わりないよね。
そして21世紀になった現在でも、日本国内に人権問題が無くなったとは言えないのが実際。
集団で1人をいじめたりすることは 相手の人権を無視していると言えると思うし、それは子供社会の中だけではなく、大人社会でも実際にあること。
お年を召した方達や、病気や障害を持った方達、介護が必要な方達など、本当に援助を必要としている人やその家族が、安心して暮らせる国でなくなりつつあるというのが現状。
結局、日本も中国も、いや世界中の国が、国家としての成長の途上なんだろうなあ。
そしてそれは一人一人においても言える事。
一人一人が成長の途上なんだと思う。
同じ国民であっても、成長の段階や抱える課題は違う。
中国はね、人権についての考え方が、やや遅れている(こういうこと言うと反感をかうかもしれないけれど)んだと思う。
そしれこれから成長し続けるんだと思う。
チベット人は、信仰心も厚く霊性が進化している人達だから(全ての人がそうかどうかはともかく)、自らの姿やあり方で、中国や世界の人達に、高度な自治の大切さや自由の大切さを訴え、教え、伝える役目をになっているのかもしれない。
ありがとうございます。
じゃあ、私にできることは何だろう・・・。
そう考えてみると、今 目の前にいる(関わっている)人達の人権を大切にすること。
それは、家族であったり、ご近所さんであったり、友人であったり、同僚であったり、電車でたまたまいっしょになった人であったり。
今 目の前にいる人を大切にすること。
何か意見のくい違いがあった時には、時間を惜しまず、心を開いて話し合うこと。
自分と違う見解を持つその声に耳を傾けること。
心を閉じてしまわずに、その声に耳を傾け続け、また自らも表現し続けること。
解決策を、ともに模索すること。
あきらめないこと。
他者も自分も尊重すること。
ただし理不尽なことやおかしなことに対しては、毅然としてNO!と言う。それこそあきらめずに伝え続ける。
私自身、胸をはって「それができています」とは言えないもの。
何事も、まずは目の前のことからなんだよね、きっと。
そして、互いを尊重して生きるという輪を広げていくこと。
そう、そこに取り組むこと、これが私に 今 できることなのかもしれない。
そして、ブログでこうしてfree Tibetに賛同することもその一つ。
焦らずに、今 自分に出来ることからやってみることにしよう。
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北京で猫の大虐殺が行われています。
狂犬病騒動の時にはたくさんの犬達が虐殺されました。
今度はたくさんの猫たちが虐殺されています。
どうか反対の署名をお願いします。
Wan lifeサイト http://blog.livedoor.jp/wanlife1/?blog_id=1826316
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もっと自由に
もっと自分の心に正直に
生きてみてもいいよね。
せっかく日本に生まれたのに
まるで檻の中にいるような生き方してる人
多いような気がするのは気のせい?
親がこう言うから?
あの人がこう言うから?
違う違う!
自分を閉じ込め、制限しているのは他ならぬ自分自身。
自分で自分を檻に閉じ込めてたら、そりゃきついさ。
ドアはとっくに開いているのだから
飛び出して羽ばたいてみようよ。
気付いた人からより自由に生きることを選択してみよう。
空は果てしなく広がっているよ。
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中国という国は未知なる可能性を持った国だと思っています。
これまでどういう国だったかなどどうでもいいことで、
オリンピックを開催するにふさわしい国であってほしい。
すごいチャンスですよ、今、まさに。
人権を侵害し弾圧し続けてきたそのチベットの民が、身体を張って、国が成長するきっかけを与えてくれたのです。
広大な大地に似つかわしい、器の大きな国をめざしてください。
そうしたらきっと、世界の人々はあこがれ、行きたがるでしょう。あの広大な大地に。
・・・
ダライ・ラマの言葉に
チベットの民の言葉に
他国の言葉に
どうか耳を傾けてください。
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ダライ・ラマが仰った。
「私たちは独立したいと言っているのではないのです。
ただ自由に生きることを認めてほしい、ひどい扱いをやめてほしいのです。」と。
また非暴力を説くダライ・ラマは、「この暴動が続くようならば、退任します。」とも。
この地球上には、いまだ人(他の民族)を支配し、人を人とも思わないような扱いを当たり前のように続けている国がある。
おまけにその国の一つは、国連の常任理事国であり、
スポーツの祭典であるオリンピックの開催国だと言う。
果たしてその国で、スポーツマンシップに則ったスポーツが行われるのか。
(私は、今の国連など、もう存在の意味をなさないと思っています。)
なぜ日本政府は、他国のように、堂々と明確に意思表示しないのだ。
腹立たしい限りだ。
でも
憎しみは憎しみを増幅させ、戦いは戦いの連鎖に陥るだけなのです。
どうか中国よ、ダライ・ラマと、チベットの民と、対話をしてください。
どうか、お願いします。
力による弾圧ではなく、対話を。
今がまさに、対話をするチャンスなのです。
非暴力、不服従を説き続けこの世を去ったガンジー、どうぞこの機会にお力添えをお願いします。
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チベットのこと
本当のことを私たちはどれくらい知っているだろうか。
今回のデモがあって改めて、チベットの現状について考えさせられた。
チベットについての真実が綴られたこのブログ (㈱M.Y.O JAPAN 代表取締役兼CEOの辻本貴一さんのブログ)を見てほしい!
チベット民族には自由がないと言う。
私は、日本という国に生まれ、こうして自分の思いを自由に表現することができる。
が、チベットに住む人達にはそれさえ許されない。
非暴力という思想で生きてきた人達を、いとも簡単に暴力で弾圧しようとする国がある。
いや、その国が悪いわけではない。
その国にもまた心の美しい人達が住んでいるのだから。
おかしいのは国の政治を動かす上層部の人達、軍部なのです。
今回の件に関して、高村外務大臣の発言を聞いた感想。
なんと当たり障りのない発言しかできないのだろうか・・・。
中国がチベットに対して行っていることについてどう考えているのか、はっきりお聞かせてください。
チベットの人々の平和と平安を心から願ってやみません。
争いではなく、対話を。
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ベランダで洗濯物を干していると
どこからか鶯の鳴き声が聴こえてきました。
今年初めて聴く鶯の鳴き声です。
立春はとうに過ぎているわけですが
あらためて春の訪れを感じます。
・・・
春が来たんだな~♪
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正直に言うならば、私は政治についてはあきらめていた。
選挙に行くには行くけれど、しょせん誰が選ばれようと変わりはしないと思っていた。
匙を投げていた。
高い志など持っていても、出る杭は打たれ、足を引っ張られる世界。
根回しして、うまく生き残っていくしかない世界。
だんだんと肩書きが上がるにつれて、しがらみに縛られていき、票を得るための目先の利益や肩書きを守ることが一番になっていく世界。
生活に困ったこともなく老後の心配もない人達が「庶民が安心して暮らせる国にしよう!」などと真剣に考えるはずがない、そう思っていたから。
そんなふうにしか思えなくなっていたから。
互いに「先生」などと呼び合って恥ずかしくないのだろうかと思っていた。
明治維新の時、信念を貫くために命を賭けた人達がいた。
日本中にすごいエネルギーが渦巻いていた。
でも、今あのようなエネルギーを持って政治をしている人などいやしない。
時代が変わったのだから仕方ないのかとあきらめていた。
「どうせ変わりやしないよ」が口癖だった。
・・・
でも、無関心を装うのはもうお終い。
無関心は無力感を生み、虚無の世界を創りだすだけだから。
それこそ自分さえ美味しい思いをすればいいと思っている人達の思う壺だ。
残念だけれどいると思う。そういう思考になってしまっている人達。
あきらめたら終わりだ。
私は、日本が好きだし、この地球が大好きだ。
競争の社会から
人々が共創・共生する社会へ
そんな未来を信じて、今言いたいことを言おう!行動にうつそう!そう決めたんです。
ここで発言することもその一つ。
一人の力など微力だと思いますか?
たしかに一人一人の力、影響力は微々たるものかもしれないけれど、
実はその一人一人が重要な鍵を握っているように思えて仕方ない。
あきらめて口を閉ざすのではなく、表現してみる。言ってみる。
無関心を装うのではなく、関わってみる。
この転換期に生きている(存在している)人は全員、一人の例外もなく、社会の変化・変容に参加しているのではと感じるから。
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様々な事件や事故が起こった時、
それまで隠れていた(潜在していた)問題点が浮上したのだなといつも思う。
表にあらわれたことは、あくまでも氷山の一角であり
同じような(似たような)状況は、この国の中の至るところにあるのではなかろうか。
イージス艦の乗組員には、どうか真実を語ってもらいたい。
組織(海自)の一員という枠を越えて、ひとりの人間として真実を語って欲しい。
いまだ見つからないお二人のためにも、互いの家族のためにも、申し訳ないという気持ちがあるのだったら、真実を語ってもらいたい。
子供たちはニュースなどを通じて、大人の社会をよく見ています。
背広組だの制服組だのというくだらない枠など、つまらないプライドなど、早くとっぱらってください。
今 私たち大人が子供に示せることがあるとするならば、
一人一人が真実を語り、改善する必要があるのなら改善への一歩を踏み出す、その姿勢なのではないでしょうか。
一刻も早くお二人が家族の元へ帰れることを祈ります。
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私が不可解だと感じる点。
それは、なぜ漁船の往来の激しいあの時間帯に、あの巨大なイージス艦が還ってきたのだろうかということ。
そして、最新鋭のイージス艦ということは、かなり訓練を受けたトップクラスの指揮官、艦長が乗っていたのであろうに、それらの話は一切表に出ないということ。
事故当時甲板にいたという10人もの自衛官が素人であろうはずもないわけで。
事件の真実が改ざん、隠蔽されているように感じてならない。
なんか妙な感じがするのだ。ざわざわするというのかな。
政府の対応の遅さとか、連絡の遅れなど、問題点がたくさんあることもわかった。
どうやら無責任人がいっぱいいるようだ。
潔く責任をとれないような人は、上の立場についちゃだめだと思う、つく資格ない。
いまだ行方不明のお2人のためにも、真実を公表し、問題点を明らかにし直ちに変わらないと、また同じ事故は起きる。
どれくらい民間人が犠牲になれば変わるのか。
清く徳がある尊い命が犠牲になってしまった。
なんでも息子さんは、ホームレスの人達に魚を差し入れしていたという。
なかなか出来ることじゃない。
・・・
日本を守るための艦船であったはずなのに、使う側によって、諸刃の剣となるのだね。
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サッカー東アジア選手権 日本VS中国。
観てたら憤りで身体が震えてきた。
おかしな判定を繰り返す審判。
ゴールキーパーを含めて中国側選手達の愚劣な行為。反則の連続。
いくらアウェイと言ったって、限度を越えてるでしょ。
憤りを越えて、悲しくなった。
同じアジアに生きる人間として、ほんと残念で悲しい。
あんなことまでして勝ちたいなんて、最初から自分達に力がないことを認めてるようなもの。
日本が勝ったからいいというものでもないだろう。
選手のためにも、抗議などもし、きちんと対応したほうがいいのではないかと感じる。
中国のごく一部の人達のことで、中国を嫌う人が増えないといいな。
・・・
試合が終わってもまだ憤りで身体が震えていたので、1人になって目を閉じて、しばし深呼吸して心を静めた。
夫が隣で比較的冷静に観ていたので助かりました。
・・・
日本選手、よくやったよね。
卑怯な挑発に乗ることなく、よく忍耐して最後まで冷静に戦ったと思います。
貴方達は素晴らしかったです。
一人一人にありがとうと心から言いたい。
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今日、イージス艦「あたご」と漁船「清徳丸」が衝突するという事態が起きました。
漁船の乗組員親子は消息不明だそうです。
あんな大きな船に体当たりされたら、小さな漁船はひとたまりもないでしょう。
なんてむごい事件なんだ。
イージス艦?
たしか最新のハイテク装備を備えていると聞きました。
随分お粗末なハイテクですね。
レーダーはどうしたのでしょうか?
漁師さんは日々の糧を得るために、毎日大海原に漕ぎ出し、命がけで働いていらっしゃるのです。
そして私たちは、食卓に届くその海の恵みをいただいている。
この時期の海の水はさぞ冷たかったでしょう。
・・・
おりしも、米軍の非道、あってはならない事件が続いている。
そしてインドでは、最新兵器のアジア見本市が開催されているという。
兵器を作ること販売することに少しでもたずさわっている方々、あなた方が作ったもの売ったものがどのように使われるかご存知ですか?
その仕事は、本当にやりたいことですか?
お金のため?
儲かりさえすればいい?
一連の出来事は、別々のものではなく、全て繋がっていると感じます。
日本は、これからどういう方向をめざして歩いていくのか。
子や孫にどのような社会を残したいのか。
問われているのではないかと感じる。
日本政府が、官僚が、自衛隊が、どのような対応をとるのか、しかと見届けたいと思う。心の眼で。
・・・
行方不明になっているお2人が1秒でも早く見つかり、家族の元へ帰れることを祈ります。
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啼かぬなら 殺してしまえ ホトトギス
啼かぬなら 啼かせてみせよう ホトトギス
啼かぬなら 啼くまで待とう ホトトギス
人それぞれしっくりくるものは違うのでしょうが
啼くまで待とうホトトギス 私にはこれが一番しっくりくる気がします。
以前に友人とその話をした時に、とても優しく穏やかな友人が
「私は殺してしまえホトトギスが一番いいわ!」と言ったので、びっくりした記憶があります。
でも、私の中にも 信長的な側面はあるわけで・・・。
要はどの側面を使っていくかなのでしょうね。
啼かぬなら・・・
この後に繋げるとしたら、あなたなら何と繋げますか?
私ならね
それでもいいさ ホトトギス
と続けるかな。笑
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縄文の昔、人々は共生し、争いはなかった と 聞きます。
(自分が生きていたわけではありませんので定かではありませんが)
私は 縄文時代に惹かれます。
・・・何ゆえにでしょう。それはわかりません。
人類の歴史は、戦い(権力争い)の歴史であったように感じます。
領土の拡大やら、肉親同士の戦い、国と国との争いなど
繰り返されてきた戦いから人間が学べることは
盛者必衰の理 ということではないでしょうか。
平家物語の一節にもありますね。
・・・・
祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
おごれる人も久しからず ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もつひには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ
・・・・
その通りだと思います。
なのに、なぜいまだに戦いはやまないのだろう。
戦いは憎しみの連鎖を繰り返すだけ。
そろそろ「平和」ということに照準を合わせ、智恵を結集していく時が来ているのではないでしょうか。
世界に平和が訪れることを願います。
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倖田來未さんの発言「35歳過ぎると羊水が腐る」でしたっけ。
私も該当する年齢の女性です。そしてまだ子供はおりません。
最初にその言葉を聞いた時は、なんてことを言うのだろう!と深い憤りを感じましたよ。
でもね、
あなたはもう充分過ぎる位に反省なさったのではないですか?
誰でも失言はあると思います。
私もあります。
傷つけるつもりはなかったのに、言葉で人を傷つけてしまったこと。
話を蒸し返すようですが、「女性は子供を生む機械」等、過去には、政治家のかたの失言もありましたよね。
社会に出てたくさんの経験を積んだ責任ある立場の方達でさえ、そのような発言をしてしまうことがあるのです。
私には、そちらのほうが根深いように思えます。
果たしてその方達は、本当に反省し、何が問題だったのか、内省されたでしょうか。
その方達がその意識を変えることは、おそらく難しいでしょう。
もし変わったら素晴らしいとは思いますが・・・。
でも、あなたはまだまだお若い。
今回のことを自分の成長の糧として
「エロカッコイイ」などと言う言葉に溺れることなく
この経験をしたからこそ気付けたことを大切にして
どうぞ顔を上げて、あなたらしく堂々と歩いていってほしいなぁ、と
私はそう思います。
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道路特定財源の中に埋蔵金があると言う。
本当でしょうかね。
というか、あってもおかしくないと感じる。
今日の国会で、埋蔵金の意味を広辞苑から読み上げていた方いましたけど
そういう子供だましなことは、もうやめましょうよ。
読みあげるだけなら誰でもできるでしょ。
国会という時間、有意義に使いましょうよ。
岡田さんの代表質問、とてもわかりやすかったです。
福田総理が言った。
「今までこうしてやってきたことを、変える必要はないでしょ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
完全にズレテマス。
どうやら国民の多くが腹立たしい思いを抱いていること、気付いてらっしゃらないようだ。
それを見直し、改革すべきを改革していくのが仕事では?
今まで通りやるだけなら、誰でもできますよ。
今変わらなきゃ、いつ変わるんでしょ。
今が変わる(見直す)チャンスですよ。
時代はどんどん変化しているんですからね。
正直言って、政党に固執している方にも、もう興味ないんです。
超党派でどんどん智恵を出し合ってくださいな。
そういう方を応援いたしますから。
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地球という星は
まだまだ原石である私たち人間が
自分を 知り 磨き どんどんクリアにして
本来持っている輝きを取り戻していく
そのための場所を提供してくれているのかもしれないな。
やるしかないよね♪
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特別会計 道路特定財源
また無駄遣いが発覚したようだ。
開いた口が塞がらない。
なぜ一般財源化しないの?何か不都合がありますか?明確にしてください!
道路にも本当に必要な道路とそうでない道路があるでしょう。
なぜそういったことを、徹底的に話し合おうをしないのですか?
日本はたくさんの借金を抱え、破産寸前だ。
この現状を、子供や孫の世代に先送りしますか?
その頃には自分達はもうこの世にいないから関係ない、ですか?
なぜそういうことを改善すべく奔走しないのだろうか。
知恵を出し合わないのだろうか。
自分達の代で解消しよう!と決意しないのだろうか。
そういう粋な姿を示せないのだろうか。
自分達の生活が大変でなくて
自分達の老後には一切の金銭的不安が無くて
そういう自分の生活、肩書き、地位に満足してしまい
優雅に暮らしている政治家さんが、果たして今の政治を変えよう!と、思うでしょうか。
政治家さんの名前で呼ばれている道路や橋があるようですが、そういうの恥ずかしくないですか?
もっと私達の払った税金がどのように使われているのか、明確にしてほしい!
本気で現状を変えよう!と奔走されている政治家の方に、私は私の一票を入れる。
今いろいろな問題が浮上しているのは、日本が変わるチャンスだと、私は捉えている。
旧体制、族議員に足を引っ張られることなく
高い志を持った方達が、自由に活動し 知恵を持ち寄り 力を合わせて
よりよい社会(皆が暮らしやすい社会)を築くことが出来ると、私は信じます。
解決できない問題などないはずですから。
それは解決しよう!としないだけ。
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洗濯物をほそうと2階のベランダに出ると、一面に雪が積もっているではないの。
・・・
というわけで朝から雪かきいたしました。
子供の頃は、雪が降るとただただ嬉しくてはしゃいでたなぁ・・・。
でも今は、明日のこと、仕事のこと、交通の便のこと、雪かきのことなどいろいろと考えるので
無条件では喜べなくなった。
でもそれが自然なような気がする。
たまにならとはりきって雪かきしているが、これが毎日だったら本当に大変よね。
雪かきしなかったお宅の玄関は積もった雪が、凍結し、大変なことになっている。
不思議なのは、小さなお子さんがいる家もそのような状態だってこと。
転倒したら危ないから雪かきしよう!とは思わないのかな?
その感覚が不思議だ。
雪だるまを創るのもいい。楽しいもんね。
でもさ、ひとしきり遊んだ後で、
「お父さんお母さん、雪かきしちゃうからね~!明日凍ると滑って危ないね。」
な~んて言いながらやってみせたりすることも、家で出来る教育のひとつなのではないのかな。
一番大切なのは日常のそういうヒトコマなのではないのかな。
子供というのは、大人が思っているよりずっとかしこくて感受性が豊かだから
よく見ているし、いろいろ感じている。
ひとつひとつの体験から、ものすごい勢いでいろいろなことを吸収していく。
だからこそ日常が大切だよね。
私はそんな気がするんだけれど。
やるのもやらないのも自由。
人手がなくできないお宅があれば、助け合えばいい。
でも、自由をはきちがえないようにしたいな。
・・・
雪に埋もれてしまった庭のsnowdrop達は大丈夫かな。。。
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NHKの大河ドラマ「篤姫」より
その1.
尚五郎が、篤姫の父に言った。
大切なことは、
なれるかどうかではなく
必ずなってみせる!という決意ではないでしょうか。
その2.
篤姫が尚五郎に言った。
私の心は私のものじゃ。
誰の好きにもさせぬ。
これら2つの言葉
今の私にはぐっとくる。
日々注意散漫で暮らしていたなら 何も気付かずに通り過ぎてしまうが
宇宙に(自らに)問いを発信し
感覚を澄ませて暮らしていると
メッセージやサインはいたる所にあることを実感する日々。
ありがたいことだ。
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朝起きてカーテンを開けると
窓の外には銀世界が広がっていた。
白く積もった雪を眺めていると、冷たさや寒さよりも
なぜか柔らかさやあたたかさ、ぬくもりのようなものを感じた。
東北にある父の故郷を思い出すからだろうか・・・。
雪というのはなんて美しいのだろう。
子供の頃から変わることなくいつも
雪が降る日は、心が洗われるような感じがした。
空を見上げて、空に昇っていくような感覚を楽しんだ。
・・・
雪かきをする人。
雪だるまをつくる子供たち&お母さん。(わたしも参加したい~♪)
特に何もしない人。 (もし手があいているなら、雪かきしてみませんか?)
写真を撮る人。 (わたし 笑)
それぞれがやりたいこと、できることをやっている。
水分を多く含んだ雪のようで、溶け始めるのは早い。
・・・
ところどころに雪の塊が残り、これでは明日の朝、凍結の恐れがある。
子供たちが登校途中滑って転んだり、車が滑ったりする恐れもあるな。
そんなことを感じて、雪かきに励む。
たまにやる雪かきは楽しいものだ。
身体がぽっぽと温まってくる。
・・・
毎日雪かきが必要な豪雪地帯に住む方は(特に高齢者だけの世帯)
さぞ大変であろうなと、その苦労に思いを馳せる。
空から落ちてくる雪に浄化されながら、そんなことをふと思った。
何はともあれ、久々に積もったこの雪を、今はただ味わおう。
・・・
今日は節分。
節の日に雪が降るのはなんだか嬉しい。
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なんだかいいことありそう♪そんなことを思いながら朝の入浴を終えると
高知の友人から土佐文旦が届いているではないの。
おおぅ~!!
箱を開けると部屋中に文旦の香りが。。。
柑橘の、なんていい香りなんだろう!
ありがとう!友よ~♪
この文旦を育ててくださった方よ、自然よ、全てにありがとう~♪
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今日もなんだかいいことありそう♪
アハハハハ
「ありそう」とキーボードで入力しようとしたら、ありがとうと打ってしまったよ。
さえてるな、私。
今日もありがとう~♪
生まれてきたことに感謝しま~す♪
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地球は現在 ターニングポイントを迎えているように思う。
ターニングポイントであり、ロスタイムとも言えるかも。
地球はアセンション(次元上昇)するという意見もある。
私にはわからないけど、本当にそうなら万々歳だ。できれば地球丸ごとアセンションでお願いしたいな。
世界が、、、日本が、、、そしてもっと細かく見ていくと、各自がターニングポイントを迎えてるように思う。
天変地異は地球が怒っているからだと言う人がいる。
私はそうではないと思う。
地球からの声なのではないか。wake up call、目覚めなさいという呼びかけなのではないか。
昨今噴出している様々な問題も然り。
それは潜在的にあった問題で見て見ぬ振りしていた問題が噴出すべきしてしているのだと感じる。
全員に、目覚めなさないと言っているように感じる。
だから
どうしよう・・・などとおろおろすることなく、知恵を出し合って、一つ一つ問題を解決していけばいい。
一時しのぎではなく、根本からの改善という視点でね。
そりゃあベストな回答に最初からはたどり着かないかもしれないし、痛みも伴うかもしれない。
だけど
今大人たちが子供たちに示せることって
言い訳したり開き直ったりすることじゃなくて
真剣に皆でチカラを合わせて考える姿を見せたり、生き生きと問題を解決していこうという姿勢なんじゃないのかな。
そこで問題が出たら、また試行錯誤すればいいんだもの。
これを自分にあてはめてもそうだよね。
私は、今人生のターニングポイントを迎えている。
何を選択すればいいのかなんて、どれが正解なのかわからない。
でもとりあえず自分に今出来る最善の選択をしながら、試行錯誤しながらこれからの自分の人生を創造していってみよう!って思ってるんだ。
一人一人が自分の人生を創造しているんだと思う。
自分の人生の主役であり、責任者はこの私。
周りに言われたことで揺れているうちは、自分が主役になれてないってことだよね。
前にも書いたけど
私は少し前まで人類に絶望してた。
自分のチカラも明け渡してた。誰にって?地球はもう絶望的だと思わせるエゴや欲望にまみれた人達や、自分は無力だと思わせる出来事にね。
でも違ったんだ。
地球の明るい未来を信じて、今がターニングポイントだよって気付いて生き生きと生きている人達はいっぱいいるんだ!ってことに気がついたから。
もちろん人間である以上、エゴは誰の中にもあると思うし、欲もあると思う。そう創られてるんだもん。誰が創ったのか知らないけどね。
そういうエゴもある自分だと認識したうえで、自分が何を選択しどう行動するか
全てはこの自分から始まる。
まずは自分の風通しをよくして、
家族間の風通しもよくし、自由度高くやっていきたいな。
生き生きと楽しみながら凛として生きていくよ。
起死回生のチャンスだもん♪
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とうとう日本でも起きてしまったか、というのが一番最初に感じたこと。
アメリカでも同様の事件があったように記憶しているけれど、何の対策もとらなかったのだろうかというのが次に感じたこと。
恐ろしいことだな。
食品の輸入にたずさわるの最前線、第一線におられる方々は、アメリカで起きた出来事を「対岸の火事」程度にとらえていたのだろうか。
おまけに、すでに以前から中毒患者は出ていたなんて
腹立たしい限りだ。
冷凍食品会社の方々も、問題を軽く見過ぎていたのではないですか?
人の命をどう考えていますか?
狂牛病の牛肉輸入の一件で、いろいろとお勉強なさったのだろうと思ってましたが、何も学んでいなかったってことでしょうか。
何も牛肉だけが問題ではないのですから。
全てがその場しのぎだからこんなことになるのでは?
そこで働いている全ての方々がそうだということではありませんよ。
一括りで考えるつもりはありませんので。中国にしても然りですけど。
一生懸命に与えられた仕事をやってらっしゃる方も必ずいらっしゃるでしょうから。
要は第一線にいる方々がどう判断し、どう決断し、どう指示を出すか。
もちろん中には上司に物申す方もいらっしゃるかも?しれないけれど、だいたい出る杭は打たれる構造になってますからね。そういうところは。
政治の世界、医療業界、教育の現場、高い志で働いていただきたい場所が、なぜか一番停滞し、保守的、封建的な意識のままな重鎮がいるということなのでは?
そんなのに翻弄されてる場合じゃない。
もちろん、高い志しと経験を糧に、素晴らしい考えをお持ちの大先輩もたくさんいらっしゃるはずですよ。そういう方の意見はどんどん聞きたいし、参考にさせていただきたいです。
じゃあ自分に何が出来るのかを考えてみよう。批判してるだけじゃね。
口から入れるものだから、自分に出来る範囲で注意しようと思う。
中国という国が好きとか嫌いとかそういうことではなく、
やはり面積が大きく人口が多いだけに、まとまっていないなというのが正直な感想。
食の安全に対する認識や農薬に対する知識が、生産に追いついていないなかでの増産というのが現状なのだろう。
ここでも想像力の欠如がうかがえる。これをやったらどういうことが起きるかという・・・。どういう事故に繋がるかという・・・。
では、どうするか?
食の安全を誰かに委ねてはいけないと思う。
偽装という問題もあるにせよ
信頼できるところから購入するのが一番いいように思う。
信頼できるかどうかの基準というのは、自分のアンテナを働かせるしかない。
農業ひとつとってみても、高い志でやってる方はたくさんいらっしゃるんです。
情報は手に入る時代です。
その利点を上手に利用していくしかないですね。
そして日本の自給自足率を上げていくことを真剣に考えたほうがいい。
飽食の時代はもう終わりにしたほうがいい。
丁寧に大切に育てられた食材をありがたく調理してありがたくいただく、私はそういう視点て生きていくことを選択します。そうしたいから。
一人一人が自分の意識のあり方、選択のあり方を問われる時代なのだなと感じます。
一人一人責任重大。
人任せにはできませんわ。
そして、日本人はもっと怒ったほうがいい。
駄目なことは駄目!毅然としてNOと言える日本人になろう。
我が家では、絶対に安全だとわかるまで、お弁当に冷凍食品は使いません。
手間はかかるかもしれないけれど、朝は時間に追われるから、夜下ごしらえをして寝ることにしよう。
一つ一つ、自分で選択し、行動するぞ!
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今まで「人が期待する私」を演じていたのかもしれない。
そりゃ疲れるよね。
今までの私というワクから飛び出すよ。
あ~、これから人生変わりそうな気がするな。
楽しくなってきたぞ♪
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平和で穏やかな感じのブログにしようと思っていました
が
言いたいことを言っちゃうよ~♪に変更しますです、はい。
やっぱり言いたいことがあったらとにかく表現してみないとね。
表現しないと伝わらない、これ当たり前。
まずはとにかく表現してみます。
平和で穏やかが好きだけれど
それは波風立てぬように言いたいことを我慢するってことではないんだよね。
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妙な法案だなあと感じます。
何でもかんでもつなぎ法案作っちゃえば、つなげちゃえますもんね。
どなたが考えたのだろう?
帳尻合わせの政治はもううんざり。
国民はもっと声をあげたほうがいいよね。
実権を握ったひとかけらの政治家にとって都合のよい政治になっていくからね。
国会は学級崩壊している様相だし。
寝てたり野次飛ばしたり携帯で話してる前にきちんと人の話を聞き、きちんと話し合いましょうよ。
人の話は静かにきちんと聞く!って習わなかったですか?
子供の手本になるべき国会がこれですから
子供達が学級崩壊するのも仕方ないですね。
子供達はよく見てますよ。大人のこと。嘘やきれいごとは通用しませんからね。
どうか子供達、これを手本とせず、反面教師としてくだされよ。
(きちんと話を聞いている政治家の方々、一生懸命に取り組んでいる方々、ごめんなさい。私はそのような政治家の方々を応援していこうと思っておりますよ。)
こちとら家庭をあずかる主婦ですのでね、
全てが値上がりしていく中で家計をやりくりしていますの。
お気楽に暢気に国会に臨んでいる方々見てるとすっごく嫌な感じになる、すごく。
必死な感じが全く感じられないんですもの。
日本はこんなに借金大国であり、そのつけが子や孫の世代にまわろうとしているのに。
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実は、私は少し前まで、この地球に絶望していました。
もとい!地球に、ではなくて、人類に、ですね。
どこを見ても問題は山積み。
政治も、教育も、環境も、医療も・・・どげんかせんといかん事だらけ。
TVでは、凶悪な犯罪のニュースが繰り返し流れ・・・。
無力感、虚無感にすっぽりおおわれて鬱々し、光などもう見えないよ、という状態でした。
が
帰還いたしました。
抜けました。
なぜかわからないけど、底を蹴った感じです。
何をやっても無駄だと言う意識、それは落とし穴なのではないでしょうか?
誰が掘ったのかしらないけどね。
そこにはまっちゃあいけないんです。
いや、もとい、はまっても脱出できるんです。
今の私に出来る事って何だろう。
地球が平和になること信じて
笑って笑って
いっぱい笑って泣いたりもして
理不尽なことには凛として怒り
まずは一番身近にいる家族や周りの人達を大切にして
一生おくること。生き抜くこと。信じぬくこと。
そのほうが楽しそうだもん。
そうすると決めた。
あとはそうするだけ。
そう決めるだけで、人生は喜びに満ちているという気がしてくるから不思議。
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お天気がよかったので近くの公園に行きました。
ベンチに座っていると、前方5メートル辺りを、つむじ風が右から左へ横切ってゆきました。
落ち葉を螺旋状に巻き上げて渦を作り、右から左へと横切ってゆきました。
まるで落ち葉たちが踊っているようで、おもわず嬉しくなりました。
風がまるで生きているようです。
自然との一期一会。
・・・
自然の中に身を置くと、余計なことが頭の中からなくなって、頭の中が静かになります。
頭の中が静かになると、その瞬間から自分の存在が生き生きと感じられてくるのです。
私にとってはとても大切な時間です。 rin
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新年を迎え
新しい風が吹いているような気がします。
とても心地よい風が
新しい年を迎え
原点に戻ったような気がします。
そう、原点に
こうして 今 わたしは生きている。
住む場所があり
しかもそこは暖かい場所で
食べることに困ることなく
着ることに困ることなく
こうしてわたしは 今 生きている。
なんて有り難いことなんだろう!
車でいつでも出かけられる
なんて自由なんだろう!
自分に足りないものを嘆くより
自分に与えられていることに感謝したい。
ふと
自分ひとりでなし得たことなど何もないことに気付く。
家も、この野菜も果物もお米もお菓子も、車も電化製品も洋服も布団も・・・そしてこの身体も。
育てる人がいて 創る人がいて 売る人がいて、一つ一つの物が、たくさんの人の手を通ってここまでたどり着いたんだよね。
だから人は、実はたくさんの人に支えられているんだな。
そして、雨、水、太陽の光、自然は惜しむことなく無条件に与え続けてくれる。
本当にありがとう、と 感謝の念が湧いてくる。
そう、私の原点はここ。
自分が揺れることがあったら、自分を見失いそうになったら、いつもここに還って来る。
人の源、愛という場所に。
生きていることが、まさに奇蹟であり愛なのかもしれない。
今生きていることに 感謝します。
全ての存在に 感謝します。
新年明けて、こんな気持ちで過ごしています。 rin
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職場以外でこんなに大掃除するのは始めてかも というくらいの勢いで、今年は掃除を進めています。
そして今日は、産土神社へのお礼参りにうかがい、古いお札を納めてまいりました。
末社の雷電宮に参拝していると、突然雷鳴らしきものが・・・。できすぎですね。ありがとうございます。
それにしても、今日の空は七変化でした。
町内を車で走っていると、青空あり、黒雲あり、雷鳴あり、土砂降りあり、みぞれあり・・・
まるで今年1年を象徴するかのようにくるくると変化する空模様でした。
そして今、ピカピカとお日様が輝いています。
それはそれはクリアーでまぶしく美しい光です。
この光の後押しを受けて
2008年は、しっかり波に乗り、静と動のバランスをとりながら、変化を楽しんでいこうと思います。
よいお年をお迎えください♪
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「人の為とか動物の為とか、そんなの偽善だぜ」と言った君へ。
そうかもしれない。
人偏に為と書いて偽り(いつわり)と読むものね。
自己満足の世界かもしれない。
でもね、いいんだよ。
そんなことどうでもいいんだ。
偽善と思いたい人は思えばいい。
人からどう思われようと、そんなのどうでもいいんだ。
やりたいからやる、それだけだから。
「そんなことしたって何も変わりゃしないよ」と言うかい?
そうかもしれない。
でも何もやらなければ何も変わらない。
微々たるチカラかもしれないけれど、私は今自分ができることをやってみるよ。
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もうとっくに手放したものだとばかり思っていた自分の中の完璧主義。
以前フルタイムで働いていた時もこの完璧主義がことごとく顔を出し、これでよしということがなかった。
自分がそうしたいのならそれはそれでいいけれど、周囲にもそれを求めたのだからそりゃ迷惑な話だよね。
完璧な人間なんていやしない。
完璧だったらこの世に存在する必要ないからね。
未熟な魂たちが互いを鏡として己を知ってゆく場所だから。
・・・
仕事を辞めてゆっくりのんびり暮らして、もう完璧主義は手放したと思ってたけど
いやいや手放すどころかしっかりと大事に抱え込んでたんだね。
だから一歩踏み出せなかった。
「まだまだだから」
「勉強が足りないから」
「こんなんでやっていいの?」
やれやれ。
一体どこまでやったら自信はつくのか。
完璧になったら始めるって?
・・・それっていつのこと?
人生あっという間だよ。
持ち時間は限られている。確実に肉体の死に向かって歩いているんだ。
完璧主義も恐れも、もはや必要ないんだ。
大切なのは、初めの一歩を踏み出してみるってこと。
その先は、失敗したりもしながら試行錯誤していけばいい。
そのプロセスがあなたを成長させるんだ。
泣いたり笑ったりしながら試行錯誤を楽しめばいい。
あなたに今必要なのはそう思える心のゆとり。
そして自分を信じること。
新しいチャレンジしてごらん!ね、rin。
背中の翼を広げて 飛び立つのは今だよ。
きっと風にのれるから。
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冬の気配がそこここに現われてきました。
落葉樹は葉を落とし
つい先日まで庭にいたたくさんの蛙たちも 姿を消しました。
無事冬眠に入ったのでしょう。
なんだか少しだけ寂しい気分を味わっています。
落ち葉の絨毯の上を歩いた時の音が大好き。
子供の頃は、冬を迎えるこの時期が好きではなかったっけなぁ・・・。
春が待ち遠しくて、夏が近づくとワクワクしていたっけ。
今は年齢を重ねて、秋から冬へと移りゆくこの時期に 言葉にはならない趣を感じるようになりました。
この夏、少し気になったことがあります。
庭でかまきりの姿を全く見なかったこと。
以前はたくさんいたのに・・・。
なぜだろ。
どこへ行ってしまったの?
除草剤の類は使ってないし。
それがね、ちょっと気になっているんです。
来年は会えるかな、かまきりたちに。 rin
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私は物を創るのが大好き。
料理もその一つ。レシピどおりに創るより、一工夫二工夫して楽しむ。吉と出るか凶と出るかはその時々のお楽しみ。笑
アロマオイルをブレンドしてオリジナルな香りでの芳香浴を楽しんだり
花やハーブ、多肉植物達で寄せ植えを創ってみたり
お香を創ってみたり
その時の気分で画材を選び絵を描いたりするのも然り。
大きな作品をこつこつ創り上げるというよりも
気の向くままに、1日で創り上げてしまうのが好き。
2階の1室をマイ・アトリエと勝手に名付けている。(家族は知らないけどね)
考えてみると
人間関係というのも一つの創作活動と言えるかもしれない。
時には跡形をとどめないくらいに崩れてしまうこともある。でもそれもよし。いい人でばかりはいられないから。
そして、創作活動の一番の大作は 私のこの人生。
もし責任というものがあるとしたなら
自分の人生に対する責任だけなのではないかな。
自分以外の誰かに誠実に生きるのではなく、自分に誠実に生きる、という。
私は、それが自分が果たす責任だと思っている。 rin
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茨城県笠間市にある「あたご天狗の森」に、初めて訪れてみた。
昨夜の雨で空気も洗われ、空は雲ひとつ無い快晴。
天狗の森からは、霞ヶ浦や太平洋まで一望できる大パノラマが広がっていた。
森の中のハイキングコースを歩いていると、アサギマダラが飛んでいるではないか。
アサギマダラは「旅する蝶」と呼ばれ、何千キロも旅をする蝶だ。
これからどこへ飛んで行くのだろう。
このところの夜の寒さはどうやってしのいでいるのだろうか。
おそらく今年最後に見るアサギマダラだろうな。
・・・
やがてアサギマダラは、優雅にひらひらと舞いながら、木々を飛び越え空高く飛んで行った。
自然の中での一期一会。
アサギマダラさん、道中お気をつけて!会えて嬉しゅうございました。 rin
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ここ2週間ほど出張していた夫が戻ってきた。
おかえり~♪♪♪
・・・と、ここまではよかったのだけれど・・・
夜、先に寝た夫の鼾があまりにもうるさくて眠れない。
・・・この間までは、気にもならなかったのに。
どうやら静かな寝室で休むことにすっかり慣れてしまったらしい。
もともと音にはとても敏感な私。
でも夫の鼾はさほど気にならなかったはずなんだけどな。
また元のように気にならずに眠れるようになる?
・・・
なんとか静かにならないかと身体をゆすってみたり鼻をつまんでみたりしてみたけれど・・・。
仕事で疲れているのだろうと思いつつも、眠れないのはストレス溜まるね。
結局、毛布を引きずりながら枕を持って他の部屋に移動し ソファーベッドに寝ることにした。
半年前、6畳間に置くには大きすぎると思いながらも どうしても気に入って買ってしまったボルドー色のソファーベッド。
ソファーベッドの割にはなんだかとっても寝心地がよいではないの。
そうか、ここで役立つことになっていたのね!
すごいぞ、わたし!!
明け方、高い位置にある窓からしらじらと差し込んでくる光を感じて目覚め、
朝の光と鳥の声の中、心静かに瞑想で始まる1日。
いいかもいいかも~。。。
よし、今夜、夫に話してみよう。
時々奥の部屋のソファーベッドに寝るから、目が覚めた時にベッドに居なくても気にしないでねって。 rin
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どうにもならないほどネガティブな想いが湧き、苦しくなりそうな時には
胸のハートチャクラの位置にそっと手を置いて声に出して言ってみる。
今私が何を感じていても大丈夫。私の本質は愛です。
湧いてきたネガティブな感情・想い=自分ではないのだから。
そのまんまの自分をそっと抱きしめてあげるのです。
もう何も心配はいらないからね、と。
置いた手の温もりを感じ、そして掌はドクッドクッと打つ鼓動を感じる。
ああ、生きているってあったかいな。 rin
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思い起こしてみると、子供の頃から「謎の解明」がテーマになっているものが好きだった。
将来は、探検隊に入ろうと密かに思っていた。
インカ帝国の謎
バミューダ三角海域の謎
謎の飛行物体、UFO
でも結局、いずれもいまだにその真相は解明はされていないってことなんだよな。
いろいろな人がいろいろな説を説いてはいるけれど・・・。
きっと私は、謎を探求していくその「過程」が好きなのだろう。
探検隊には入らなかったけれど、考えてみると「自己探求」の道をひたすら歩いている。
生涯かけてそのプロセスを歩くのだろう。
自分を知ること。
これほど奥が深いことはないと感じている。
知ってどうする?と言う人がいても全然OK。
自分の本質を知って、より自分らしく輝いて生きたいのです。
そうして螺旋階段を一歩一歩昇っていく。
まだまだ未知なる自分。
まだまだ道半ば。
日々の出来事のひとつひとつは全てその手掛かり。 rin
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母と愛犬といっしょに、森に散歩に出かけた。
森をそのまま利用して作ったお気に入りの公園。
並んでいっしょにゆっくり歩いていると、金木犀の香りがどこからか流れてきた。
金木犀の香る季節になったのだなあ。
空を見上げると、白い雲が形を変えながらどんどん流れていく。
上空は風が強そうだ。
木々に囲まれ、静かで穏やかな時間が流れていく。
ささやかだけれど、一瞬一瞬に幸せを感じる。 rin
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大掃除をすることにしました。
現在住んでいる家に越してきて、今月24日で丸5年。
本、洋服、雑貨、想い、感情、etc.不要なものは手放して、身軽になっちゃいます。
本来、私は、スーツケースひとつで暮らせるような、シンプルな暮らしが大好きです。
パタンと閉じたらすぐに移動できて、また次の場所でパタンと開く、みたいな(笑)
さあ、風通しのよい家にするぞ~♪ rin
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私のことを「読書の虫」と、父がよく言っていましたっけ。
そういえば、実家に行く時には、必ず本を持参していたような。
子供の頃から本好きでした。
漫画、小説、児童文学、ノンフィクション、自己啓発、スピリチュアル、ジャンルは問わず。
周りを気にせず静かに本を読める時間というのは、私にとって至福の時のひとつ、まさに輝く時間。
考えるだけでワクワクです。
とても読みたかったのに名前も著者もわからなくなってしまい、探してはみたもののわからず、そのままになってしまった本があります。
今日偶然訪問したブログに、その本のことが書かれていました!
そうそう!これ!この本!!!
「デジデリオ 前世への冒険」 著者は森下典子さん
やったね!
あ~。。。やっと読める!嬉しい!
さっそく注文しました。
楽しみです♪
空はどんより曇っているけれど、私の心はすっきり快晴。 rin
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幼い頃、毎晩寝る前に祈っていました。
神に。
何を祈っていたのかというと、
今日1日家族が無事に過ごせたことへの感謝と
明日も1日両親をお守りくださいということでした。
両親に何か災難が起こるのであれば、この私が変わりに引き受けます。
たしかそのような内容だったと思います。
数年前、母にその話をしたら、とても驚いていました。
そのようなことをしていたとは、全くもって気付いていなかったようです。
当時、我が家は核家族で、特に信仰を持っているというわけでもなく、神棚もお仏壇もありませんでした。
なぜ私が毎晩祈るようになったのか、何がきっかけとなったのかは思い出せません。
でも、そこには、嘘偽り無く家族のことを一心に思っていた私がいます。
目には見えない神なる存在がいることを信じ、日々感謝をささげていた私がいます。
そして今日も、祈ります。
この地球が愛と喜びの星でありますように。いつもありがとうございます。 rin
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自分の中のネガティブな側面と直面中。
ふむ・・・まだこんなにあったのか。
どんどんエネルギーが消耗していく。
開け、ごま!
開け、私のハート!
愛の泉よ、尽きぬこと無い愛の泉よ、湧きいずれ!
ネガティブなわたし、丸ごとぎゅっと抱きしめよう!今度こそ!
自分という人間の小ささを知り
自分の持つ可能性の大きさに気付く。 rin
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今宵は中秋の名月。
月が美しく輝いています。
ああ!なんて美しいんだろう!
懐かしいような、なんとも言えない気持ち。
心が浄化されていくようです。
寝る前のひととき、香など焚いて、しばし お月見の時間を過ごします。 rin
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自分に嘘をつくのだけはやめようと思います。
自分を欺くのだけはやめようと思います。
それほど自分を傷つけることはないから。
「自分が今、何を感じているのか、どうしたいのか」
それを丁寧に感じていこうと思います。
人のことに干渉したがる人、人を思い通りにしたい人の言葉には、振り回されず翻弄されず。
まず自分との信頼関係を取り戻します。 誠心誠意。
全てはそこから始まります。
新しい一歩。 rin
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真実を知りたい
ただそれだけなんです。
この宇宙の仕組みを・・・
私は何者か。
どこから来てどこへ行こうとしているのか。
なぜ今こうしてここにいるのか。
何か計画してきたこと(目的)はあるのか。
日々の暮らしには満足しています。
幸せを感じている私もいます。
風に揺れる木の葉を目にすれば、それだけで幸せを感じるから。
愛犬のお腹に触れそのぬくもりを感じれば、それだけで幸せを感じるから。
些細な日常に幸せは溢れている。
でも、ふと我にかえると、魂が渇望している・・・。
これは何なのだろう。
ずっと何かを探している・・・。
大切な何かを・・・。
真実が知りたいんです。
そんな想いで今日も夜空を眺めます。
宇宙は何でも知っているような気がして。 rin
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まだ両親と同じ部屋で寝ていた頃、小学校の低学年くらいかな。
毎晩寝る前に「死ってどういうことだろう?」と考えていました。
考えてもわからないけど、なぜか考えずにはいられなかった。^^;
「この肉体が老いて朽ちていくのはわかる、でも今こうして考えているこの私の思いというものはどこへ行くのだろう?」
「意識も肉体の死とともに消滅するの?」って・・・。
そして自分の意識をなんとか消してみようと試みました。
意識を肉体の隅に集めて指でつぶそうと。
でもイメージの中で意識はまるで水銀のよう、ぷにゅぷにゅって指の隙間からすり抜けてしまい、どうしてもつぶれないのです。
ふむ・・・
意識はどうやらつぶれないらしい・・・ではどうなるの?どこかへ行くの?消滅するの?
そんなことを考えながらすぅ~っと吸い込まれるように眠りにつく毎日でした。
いっしょになって真剣に考えたり答えてくれそうな人も周りにいなかったので、それを誰かに話す事はしませんでした。
そんなことに思いを馳せながら毎晩眠りについてましたっけ。
後に、本で「輪廻転生」というものがあると書かれているのを見つけた時、なるほどなと納得しました。
でも
転生を繰り返しながら、この世に生まれてくる時に、それを全て忘れて生まれてくるなんて・・・
なんだかちょっとややこしい仕組みだなと感じてしまう。 rin
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幼稚園に行っていた頃の記憶
夏の夜、就寝中の出来事です。
その夜、父は仕事で不在。母と2人で寝ていました。
ふと気付くとタオルケットから出た私の右の掌を誰かがくすぐっているのです。(掌を上に向けて寝ていました)
こしょこしょこしょ
・・・・・・ん?誰かが私の掌をこしょこしょしてる。お母さん?でもなんでこんな時間に私の手をくすぐって遊ぶの?
私はもう片方の手でくすぐっているその存在の手首をつかもうとしました。
が、ふいにとても怖くなってやめました。 ・・・お母さんじゃなかったとしたら?・・・
そこで隣の布団で寝ていた母に声をかけました。
「お母さん、電気をつけて。」
間もなく母は電気をつけてくれました。
明るくなったその瞬間、開いていたドアから何か黒い影のようなものが出て行ったような気がしました。
「どうしたの?」と母。
「誰かが私の掌をくすぐったの。」
信じてもらえませんでした。
夢でも見たのだろうと思ったのでしょう。そりゃそうですよね。
でも、私の右手の掌には、くすぐられた感触がはっきりと残っていました。
・・・
先生なら信じてくれると思った私は、翌日幼稚園で担任の先生にそのお話をしました。
「先生、あのね、これこれこうでね・・・」
「嘘を言ってはだめよ、rinちゃん」
そこでも信じてもらえませんでした。
言わないほうがよかったの?なぜ誰も信じてくれないの?・・・私の胸の中は複雑な思いで一杯でした。
それにしても、一体あれは何だったのでしょう。
真夏の夜の不思議な出来事でした。
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今世一番古い記憶。
おんぶ紐で母の背に負ぶわれていた頃のことです。
まだ川崎にいた頃だから・・・2歳くらいかな。
何が原因かは記憶にありませんが、当時住んでいた社宅で、両親が喧嘩を始めました。
クチゲンカは次第にエキサイトしていき、父は「出ていってくれ!」と怒鳴りました。
負ぶわれている私が母の肩越しに見た光景、、、
母は箪笥の一番上の引き出しに手を伸ばし、開けようとしていました。
そこにはお財布が入ってることを、負ぶわれているわたしは知っていました。
「だめ!そこを開けちゃだめ!お財布を出したら遠くに行ける。行っちゃだめ!!」
わたしは、心の中でそう叫びました。
でもわたしのその言葉は届きませんでした。
・・・その先がどうなったのかは記憶にありません。
あれから20年以上が経過し、70を過ぎた両親は現在も仲良く暮らしておりますが。
・・・
「両親の喧嘩」そして「父の怒り」というのは
それから後の私の人生に大きく影響を及ぼしていくことになるのです。
それらひとつひとつの体験が、確実に私の意識に刷り込まれていったのです。
・・・
子供が何もわからないと思ったら大間違い。
子供というのは、実は大人よりずっと繊細で、敏感にいろいろなことを感じ取っていると思います。
これは、私が体験から感じたことです。 rin
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台風が日本列島上空を通過中です。
風雨が強くなってきました。
地球はひとつの生命体です。
地球よ、生きとし生ける全ての命を育んでくれてありがとう。
ありがとう。
今宵も、地球が美しい光で包まれ輝く姿をイメージします。
この台風による被害が最少であることを祈ります。 rin
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