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2008年8月

終戦記念日

日本にとっては終戦記念日です。

でも悲しいことに、今も地球上で戦火が止むことはありません。

今この瞬間も・・・。

どうしたら世界は平和になるのでしょうか。

・・・

戦争があることで利益を得ている企業はどこなのでしょうか。

その企業と深く関わりを持っている政治家は誰でしょうか。

そういう企業や政治家が、政治や経済を動かす実権を握っているように感じてなりません。

私が感じていることは、見当違いなのでしょうか。

・・・

心の底から、地球の平和を祈るとともに

先の戦争で命を落とされたかたがたの思いを無駄にすることなく、生きていこうと思います。

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平和への祈り

私の父の兄(長男)は、ガダルカナル島で戦死しました。

夫の父の兄(長男)は、アリューシャン列島で戦死しました。

・・・

TV番組などで戦地の映像などを見ると、「叔父は、あのように亡くなっていったのだろうか。さぞ恐ろしい思いをしたのだろうなあ・・・」と、胸の辺りがなんとも言えず辛い気持ちになります。

どれだけお腹がすいていたでしょう。のどが渇いていたでしょう。

どれだけ怖かったでしょうか。心細かったでしょうか。

辛かったでしょうか。

どれだけ家族が恋しかったでしょうか。家族の元へ帰りたかったでしょうか。

それでも戦地から送られてくる葉書には、家族を案ずる文章しか書いてありませんでした。

・・・

その心中は察するにあまりあるものがあります。

そして愛するわが子を戦争で失った母親は、どれだけ辛かったことでしょう。

戦争で亡くなった方達が・・・今、私達に伝えたいことがあるとしたら、どんなことでしょうか。

会うことのなかった叔父へ。

  本当に、お疲れさまでした。

  私達は2度と過ちは繰り返しません。

・・・

いまだ地球上のどこかで、戦争は続いています。

尊い命が奪われています。

他国といまだ戦争を行っている国の代表の方へ

    「貴方は家族を戦場に送ることが出来ますか?」

・・・

私は

家族とともにこうして安心して暮らせる喜びを、忘れないようにしたいです。

失ってから気付くのではなく。

・・・

世界の平和を祈ります。

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平和に思いを馳せる日

63年前の8月6日、広島に原子爆弾が落とされました。

そして63年前の8月9日 長崎に原子爆弾が落とされました。

私は、4歳から18歳までを広島で過ごしました。

小学校の頃、この時期が近づくと毎年、道徳の時間は戦争や原爆の話など平和教育にあてられました。

そのせいなのかどうか、それはわかりませんが

私の中には、『地球が平和な星になるにはどうしたらよいのだろうか』という思いがとても強くあります。

あれから63年も経つのに、いまだに地球上から戦争が無くならないのです。

不思議です。

皆でいっせいに「戦争はもう止めましょう!」と言えばよいことなのに、人間はなぜそんなことさえも出来ないのでしょうか。

戦争は、どれだけ相手を痛めつけたかで勝ち負けが決まるのです。

どれだけたくさん占領し、人を殺戮したかで勝ち負けが決まるのです。

そんな勝負があっていいのでしょうか。

いいわけないんです。

尊い人の命を奪うことが勝利に繋がるものなど、あっていいわけないのです。

昔「アメリカが原爆を落としたから、戦争があれで終わったのだ」と教わりました。

原爆投下を正当化する言葉です。

当時、私はその言葉を信じました。

でも、今は、その言葉は違う!と感じています。

アメリカという国家にに対して恨みつらみを感じているのではないのです。

日本にも非があったと思います。

日本人も海外で殺戮もし、目をそむけたくなるようなひどいこともしたのでしょう。

あの戦争に至る過程に関して教えられたことが真実かどうか、私にはわかりませんし。

ただ、原爆を落としてはいけなかったのです。

どこの国がいい悪いではなく、原爆を落とすということは、やってはいけないことだったのです。

それがどれほどむごいことだったのか・・・。

アメリカという国は、日本で原子爆弾の実験をしたのだろうと思います。

なぜ2ヶ所に落としたか。

ウラン濃縮型とプルトニウム型、両方の原爆の威力を知りたかったのだと思います。

戦争とは、新しい兵器を試す場なのでしょう。

そしてもう一つ、アメリカという国の強さを他国に示したかったのでしょう。

なんて愚かなことなのでしょう。

私はアメリカという国が好きです。

けれども原爆投下という行動に対しては、憤りを感じてなりません。

・・・

日本は唯一の被爆国であり、戦争の悲惨さや家族を失う悲しみ、苦しみを知っている国です。

それを知っている国だからこそ、核の放棄を訴え、地球に真に平和が訪れることを真剣に他国に問うていく立場に立てるのではないでしょうか。

地球が、戦争のない平和な星になることを祈ります。

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